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【column】外国製シンセサイザーミュージックはアンデスを受け入れたか(5) 衰退期(90年代)①

2021年05月04日
【コラム】 0
【column】外国製シンセサイザーミュージックはアンデスを受け入れたか(5)
衰退期(90年代)①

特別企画もいよいよあと2回。
前回は、80年代のシンセサイザー音楽がアンデス音楽を取り込んでいく様を見てきた。
今回は「シンセサイザー」というジャンル名がもはや消滅してしまった90年代についてみていこう。

5 電子音楽の衰退期①


⑤SYNDONE / INCA (1993)ITALY
シンドーネ『インカ』

90年代初め頃の日本。
といえば「価値観の多様化」が進んだ時代である。

日本の音楽産業にとっては、日本テレビ系列『歌のトップテン』がついに1990年に放送を終了したことが象徴的である。
なんでも、放送終了の数年前からはトップテン入りしても番組に一切出演しないというケースが急増していたという。番組終了までの2年間を数えただけでもそうした歌手やバンドは16組にものぼる。
この番組、初登場の際は必ず和田アキ子の握手で迎えられるのだが、BUCK-TICK(90年に出演拒否)が嬉しそうに和田と握手するシーンなど実際にあったらギャグでしかない。昭和も終わり、冷戦も終結するような時代に果たしてヒットチャートにのるような若手が和田を頂点としたヒエラルキーをありがたがるだろうか。

そもそも「ロックを聴くなら洋楽、歌謡曲なら邦楽」といった単純な構図さえ成立しなくなりつつあった時代だ。
グランジを含むオルタナティヴのムーブメント、バンド・ブームとJ-popsの誕生、和太鼓ブームやワールドミュージックの台頭、クラシック界でもブーニン・ブームなんてのがあったね。もはや「歌謡曲」の価値観の枠に聴衆・演奏者ともに無条件に閉じ込めておくことは不可能となりつつあったのだ。

90年代も後半になってインターネットが普及し始めると、この傾向はさらに加速する。
しかも、程度の差こそあれ、世界的にも同様の傾向が見られたようである。おそらく90年までに断続的に続いた東側陣営の凋落、冷戦の終結は間違いなく原因の一端にはなっているだろう。「文化の担い手」を自負する層の精神的支柱の崩壊は「絶対的なものなどない」という無常感を生んだだろう。新たな価値観を探し求めることにもつながったのではないだろうか。
そう、ニーチェの時代だけでなく、おそらく90年頃にも「神は死んだ」のである。

そういう意味ではこのアルバムはまさに90年代を象徴している。

先程も「価値観の多様化」と書いたが、このバンドのサウンドの狙いがものすごくピンポイントすぎて、こんな録音をリリースできるのはそういう時代に入ったからだよなあ、80年代前半ならまあ、難しかっただろう、てなサウンドなのである。

Inti-raymi(太陽の祭り)から始まってPizarro(ピサロ)で終わるあたり、一貫してインカ帝国の盛衰を描いたコンセプチュアルプログレだ。
オープニングナンバー ”Inti-raymi” のイントロは、静寂のなか鳥や犬の声を遥かに聴きつつ地平線が徐々に白む情景をピアニッシモで。一転、払暁してご来光が一面に広がるシーンを超絶技巧キーボードで表現するという力技。さらにここから始まるインカの大宗教祭祀インティ・ライミをパイプオルガンの音で表現するなど工夫がいっぱい。

だが、このアルバム、どっからどう聴いても70年代ELPのサウンドなのである。あえて70年代のアナログ機材しか使用しないサウンドが果てしなくカッコイイ。とても93年リリースのイタリア盤には聴こえない。ジャンル分けしてしまえばプログレになるのだろう。だがもはやこれは「70年代ELP」というジャンルである。彼らの「ELPが好きだーっ」という熱い情熱は十分過ぎるほどに伝わってくる。


●Syndone "Inti-Illapa"

しかし、そもそもプログレというジャンル自体が進化の頂点を極めた後、ポップでライトを身上とする80年代の環境激変に耐えられず絶滅危惧種入り。そのような環境下、あえてヴィンテージなアナログシンセで70年代ELPサウンドを復活、なのである。タワーレコードやHMV、ヴァージンメガストアのようなメガCDショップが欧米諸国に展開して世界中の多様な音楽が受け入れられた90年代だからこその音盤だろう。

もっとも、ここで掘り下げるべきは、このアルバムがこれまで紹介したポポル・ヴー、ワグナー、クスコ、アタウアルパの4枚のアルバムと比べ、アンデス音楽をどれくらい、またはどのように受け入れているかについてである。

ということで、まずは確認。
構成。うん、プログレだ。
次にアレンジ。やはり、プログレ。
お次はリズム展開。やっぱりプログレ。
時折ブヒョオ〜というシンセによる笛の効果音がエキゾチズムを煽りにくる。

ただ、こうした効果音一つとってみても、シンドーネがアンデス音楽に興味がないことは明確だ。
70年代のモーグなどヴィンテージ・シンセサイザーをあえて使用しているのは分かる。それにしたってクスコがケーナとサンポーニャの音色を明確に描き分けてこの頃もう10年弱にもなるのだ。なのにシンドーネの音はケーナでもサンポーニャでもない。
正体不明の何か。いや、尺八のメリ・カリか。単に「エキゾチックな色付けができればまあいいか的効果音」なのである。

まあ、彼らの主目的は70年代ELPサウンドの復活にある。

アンデス音楽をチャンプルーしちゃえば70年代の電子音楽から遠くなってしまうのだから仕方のないことではある。80年代的産業ロックへの反発としてオルタナティヴな動きが登場したように、懐古的サウンドを目指すバンドが出てくるくらいジャンル・嗜好が多様化したのが90年代なのだ。

【物語性】★★★★★……インカの盛衰を一貫してテーマにした叙事詩
【アンデス音楽要素】☆☆☆☆☆……なし

せっかく80年代にはクスコやアタウアルパによってアンデス音楽と電子音楽の融合が試みられたにも関わらず、93年のシンドーネのアルバム ”Inca” では、サウンドのみならずアンデス音楽に対する姿勢までもがいきなり70年代に戻ってしまった。しかし、このアルバムからわずか1年後、シンセサイザー界の大御所が正反対のアプローチでアンデスをテーマに据えたアルバムを発表する。

(「外国製シンセサイザーミュージックはアンデスを受け入れたか(6)衰退期(90年代)②」へ続く)
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この記事を書いた人: もち
歴史に関する仕事をしています。たまに頼まれてデザインや文章・編集などの仕事をしたりもします。
専攻は「アンデスの宗教変容」でしたが、最近興味があるのは16世紀頃から戦後まで、日本についてばかりです。考えてみれば、最近は洋菓子より和菓子です。

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