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フォルクローレなど、アンデス諸国の名盤をご紹介するレビューです! 独断・偏見、何でもアリですのでご容赦を!

フォルクローレを破壊した男 …… エルネスト・カブール

2023年02月24日
ERNESTO CAVOUR 0
CAVOUR LENO VERDE


 エルネスト・カブール/チャランゴ・イ・コンフント VOL.2
【ERNESTO CAVOUR / CHARANGO Y CONJUNTO VOL.2】 (1975)



シヴァ神。

アーリア系ではなく、おそらく虐げられし先住ドラヴィダ系由来の神である。全宇宙と秩序を破壊する「破壊神」として畏れられる。その一方で、破壊された宇宙を再構成する「創造神」として民衆の絶大な信仰を集める神でもある。

破壊神であり、なおかつ創造神であり、そしてそれゆえに絶大なる信仰を集める神。

破壊神、かつ創造神。

なんだ。
エルネスト・カブールのことではないか。

昨年8月にカブールの訃報が入って、はや半年。書きかけのままになっていたが、ようよう「破壊と創造の神」カブールについてとりあげよう。

I
60年代のウエスタン・インパクト
まず、今でこそ「この曲カッコいい」とか「あのテク、ハンパねえ」とかフォルクローレでも言えちゃうけど、それってスゴいことなのだぜ。

なぜなら、50年代までのボリビア音楽はエストゥディアンティーナ/クリオージャ音楽中心だったのだ。現代的な意味での「カッコいい」とかそういう聴き方をする音楽ではなかっただろう。
では一体誰がそういう潮流を作ったのだろうか。

今回はそういう流れを決定したフォルクローレ史上燦然と輝く名盤を紹介しよう。
60年代、ファブレやドミンゲスとともに新たな表現を切り拓き、後進に多大な影響を与えたエルネスト・カブール。
今回ご紹介するのは、改革の到達点とも金字塔というか宣言ともいえる75年の名盤だ。

カブールがドミンゲスやファブレらと新しいフォルクローレを提示し始めた60年代。

JAIRAS FOLKLORE

欧米ではジャズの名盤が数多くリリースされながらもロックにメインストリームが移行しつつあった。そういう意味では両者にとっての黄金時代だった(ファブレもチリでジャズをやっていたらしい)。

ビートルズのブレイク以降、ロックという音楽はとてつもないスピードで革命を進行させた。わずか10年の間にビートルズはアイドル的立ち位置から一気にサイケデリックロックにまで突き進む。キング・クリムゾンのデビューでプログレッシブロックが、クリームの登場でハードロックまでもが60年代に出揃ったのだ。

ROCK CONCEPT
ボブ・ディランがフォークギターをエレキに持ち替え、ジミヘンはその短い人生の中でギター奏法に革命を起こした。ビートルズ、クリーム、ザ・フー、ディープパープル、ピンクフロイド……。これらの音楽は南米のみならず世界中に拡散した。これらの音楽がすでにノスタルジーになっている今となっては全く理解できない感覚なのだが、当時は「破壊的」「騒音」にしか聞こえないという理由で反発する層が相当数あった。しかしその一方、これらの音に「新しさ」を感じ、それまでの自国独自の大衆音楽の枠・型を「古い」と思う層が出てきたのも事実なのである。つまり、60〜70年代とは、世界中がビートルズを嚆矢とするウエスタン・インパクトの洗礼を受け、各国で音楽の改革が始まった時代なのだ。

当時のボリビアにおいて聴かれていたエストゥディアンティーナ/クリオージャ音楽というスタイルは、50年代あたりまでは確かに革新的な試みも行われていたし、同時代的な音楽でもあったはずである。しかし、60〜70年代、世界は明らかに既存の価値観を揺るがす激しい社会変動、スピードの時代に突入していた。ベトナム戦争、ヒッピームーブメント、キューバ危機、大陸弾道弾ミサイル開発を背景とした熾烈な宇宙開発、社会制度や価値観の変貌……。ビートルズをはじめとした欧米の音楽的動向はこうした時代の空気に寄り添って変化してきたのだ。陸の孤島ボリビアとていつまでもこうした世界の潮流と無縁ではいられない。「文化」と呼ばれるものは、その時代の空気に寄り添って生まれ、変化していくものなのである。
さて、この時代のボリビア音楽に同時代的意識を持ち込むことに成功したのは誰だろう。

表現したいサウンドを明確に意識して新時代の新たなスタイル、新たな演奏技術、新たな世界観をボリビア音楽に提示する。それが60年代に行われたエルネスト・カブールやドミンゲス、ファブレらの改革なのである。この時代に登場したカブールらの音楽のインパクトを想像してほしい。間違いなく現代フォルクローレに最も大きな影響を与えたのは彼らである。

この75年のカブールのソロアルバムは、60年代から始まった彼の活動の集大成ともいえる成果である。
以下、3つに分けてその革新性について語りたい。


l 1「ネオ・フォルクローレ」の登場

このアルバムでもっとも象徴的というか語りやすいのが、M1「レーニョ・ベルデ Leño verde※1、M2「壊れたクエカ La cueca destrozada」、M7「カントゥータの伝説 La leyenda de la kantuta」である。

特にM2はタイトルが全てを表している。
「壊れたクエカ」なんて訳されているが、直訳ではデストロサーダのニュアンスが今ひとつ伝わらない気がする。「カブールがぶっ壊したクエカ」とか「デス・クエカ」とか「破滅的クエカ」とか「クエカ・ハカイダー」とか。

クエカって音楽はそれまで舞曲(ダンス)として「型通り」に演奏されることが肝要だったわけだ。
イメージとしては男女ペアでハンカチをフリフリするフォークダンスの形式と思えばよい。
音楽はそのバックで演奏しているのを想像してもらえれば良い。すごいテクニックやカッコいいインプロヴィゼーションソロなんか誰も必要としていない。あくまできちんと型を守ることが必要なのである。

そこにカブールは「カッコよさ」を持ち込んでしまった。「表現そのもの」を持ち込んでしまったのだ。曲を展開させ、静から動へメロディを力の限り叫ばせる。全く踊れない。新時代のクエカなのだ。
カブール独自の表現を極限まで持ち込むために「型(伝統)」に根差しながらも、クエカじゃなくなるギリギリのラインまで形式を崩して新しいフォルクローレを作ってしまったのだ。

思うに、カブールは「新時代のフォルクローレ」を宣言するために、もっとも型ががっちり決まって自由度の利かなさそうなクエカという形式をあえて選んだのではないだろうか。
彼はこうした自分の音楽を「ネオ・フォルクローレ」と名付けた。まさに破壊と創造。



●(比較参考用)LOS BRILLANTES “Matesito de toronjil”
これはこれで大変味わい深いものがある。何度も聴けるほど好き。



●(比較参考用)Duo Larrea Uriarte “Tu orgullo”
これも良い。こういうの聴いてると、ある日突然沼のようにハマる。


●ERNESTO CAVOUR ”LA CUECA DESTROZADA”(「壊れたクエカ」)
しかし、この流れでカブールの「壊れたクエカ」を聴いてみると、彼のハカイダーぶりがよくわかるというものだ。




●ERNESTO CAVOUR ”LA CUECA DESTROZADA”(「壊れたクエカ」)
ちなみに2本目は晩年の演奏。こういうきちんと演出・編集されたビデオもっと見たかったね。

l 2 奏法の改革
2つ目の革新は、楽器の使い方である。
フォルクローレといえば、1970年代半ばまではアルゼンチンが本場とされていた。アルゼンチン・フォルクローレと一口でいってもそれこそさまざまなスタイルがあったのだが、当時の日本のフォルクローレブームは「ケーナブーム」と換言できるくらい、オーディエンスに求められていたスタイルが決まっていた。極言してしまえば「素朴さ」こそがフォルクローレのインプレッションだったのだ。
カブールの曲はそうしたステレオタイプを破壊する。前出のM2「壊れたクエカ La cueca destrozada」、M7「カントゥータの伝説 La leyenda de la kantuta」ともにケーナがメインを張るナンバーだが、ここでは素朴な音を聴かせる楽器ではなく、叫ぶ楽器なのだ。

本来、非常に音域が狭いうえ、高音すぎて音色が不安定な楽器、チャランゴ。その役割はコードをかき鳴らして不安定なサウンドから生じる素朴な「味」を出すことといっても過言ではなかった。
カブールはこれを否定する。かき鳴らしひとつとっても全力で走ることで荒ぶるスピード感を曲に与え、爪弾きでは超絶技巧のソロ曲さえも弾きこなす。
チャランゴはあらゆる可能性を何でも自由に歌えるのだ。

そして、見落としがちだが実は効果的なのがギターだ。ギター一本で勝負するSSRならともかく、これまでのコンフントものではあくまでケーナが主役でギターは脇役、いや黒子といった感が否めなかった。
しかし、カブールの曲では(盟友ドミンゲスの影響か)チャランゴやケーナの高い音と対照的にギターは要所要所でこれ以上ないほど低く唸り声を上げて主張する

そう。叫ぶケーナ、走りかつ歌うチャランゴ、唸るギター
それまでの奏法を破壊し、楽器そのものの可能性、カッコよさを大きく広げたのがカブールやドミンゲス、ファブレらのイノベーションだったのだ。※2

l
3 音楽家としての哲学
最後の3点目はこのアルバムが、彼のミュージシャンとしての「マニフィエスト」であるという点だ。
忘れてはならないのは、このアルバムはあくまでエルネスト・カブールのソロアルバムであるということ。ハイラスのアルバムでもドミンゲス・ファブレ(グリンゴ)・カブールのアルバムでもないのである。
このアルバムでは、彼のマニフィエストというか、心意気というか、自負というか、なんと言っていいかわからないが、そのような宣言が2つほどさりげなくこめられている。

ひとつめの宣言は、チャランゴに歌わせるということ
アルバム冒頭に収録された「レーニョ・ベルデ Leño verde」「壊れたクエカ La cueca destrozada」、B面1曲目に収められた「カントゥータの伝説  La leyenda de la kantuta」といった曲があまりにコンテンポラリーな名曲だったため、このアルバムはそういったネオ・フォルクローレのコンフントものの印象が強い。
しかし、カブールは自分のソロアルバムだからこそ、チャンランゴ1本で勝負した曲を4曲も収録してみせているのだ。まさに多彩な奏法を編み出したカブールだからここそできたこと。
当時は日本でもフランスでもケーナこそがフォルクローレの主役と考えられがちだった。ここにカブールは、えらく音域が狭く伴奏に徹することの多いチャランゴという楽器がソロ楽器・主役として鑑賞に値するということを証明、新しいフォルクローレの可能性を宣言したのである。

もうひとつの宣言は、彼なりの哲学についてだ
彼の書く歌詞は、あきらかにそれまでの民謡ではない。
かといって、このころから盛んになる恋の歌や大仰なプロテストソングでもない。彼の歌は、自分の生い立ちから拾い上げた人生観の発露なのである。
そういった意味でも、「民族音楽」を破壊して「表現」としての新しいフォルクローレを創造しているのである。

アルバム最後を締めくくる「ロバ El burro」は、カブール版「雨ニモマケズ」といってもいいか。彼なりのマニフィエストなのである。
高場将美氏の日本語訳を掲げて筆を置きたい。※3


 革サンダルもはかず、ポンチョも着ず、
 荷物をしょって、急ぎ足、
 ろば君が切りひらいていく
 幸運への小道。

 考えながら、いつでも
 世の中のわざわいを考えながら、
 千の問題に思いをはせる
 彼は立派な哲学者。

 山の背にたどり着くと
 その先へ進むのはいやだという。
 こだまと風が彼にささやく、
 「先生、とても危ないですぞ」

 私はこのろば君に歌いかける
 私たちのことを考えてくれるから、
 それなのに、彼はからかわれ
 馬鹿ものと思われる。

 そういう人たちにも彼のような
 二枚の耳がつけばいいのに、
 背中のうしろで鳴っている
 ナイフの音が聞こえるように。

 ろばは恋に関しては
 男らしさを鼻にかけない、
 欠陥のある人間が
 自分を抜け目がないと思い込む。

 こうして素敵なろば君は進む、
 さすらいの詩人、
 この世のなげきを
 道すがら歌につくって、

 頭をたれて、考えこんで
 道を横切っていくすがた、
 いつの日か彼はぶつかるかもしれない
 私たちの見つけられなかったものに。
 たとえ雲の向こうを見ているにしても
 そんなことには何の意味もない。





●”LENO VERDE”(「緑の大木」)このアルバムの1曲目。音と映像がズレるが、カブールが晩年と違って元気がよいのが◎。※4

●注●
1 (2023.5.7追記)
カブールの代表曲「Leño Verde」は日本では「緑の大木」と訳されていたが、ペルーの高校生バンド、クシヤクタ Kusillaqtaが90年頃に行った日本ツアーでは「青い薪木」。MC担当の新井純氏(劇団黒色テント)いわく「水分を含んだ薪を火にくべるとパチパチとはぜて音を立てる」。当時辞書を操ってみたりもしたのだが、結局よくわからなかった。
今回この記事を書くに当たって、初出邦訳にしたがって「緑の大木」と表記したが、ルス・デル・アンデの木下尊惇氏から大変貴重な情報をいただき、あえて「レーニョ・ベルデ」と改めた。カブール自身、「緑の大木」を誤訳としていたとのことなのだ(!)。

 「緑の大木」は誤訳で、実際は『瑞々しいままの丸太』というような意味になります。
  verdeはここでは『青い・若い』というようなニュアンスです。本人もかなり憤慨し( …… )
                                               
このアルバムのメンバーは以下の通り。
ギター:フレディ・サントス
ケーナ:ルーチョ・カブール
サンポーニャ:ラミロ・カルデロン


エルネスト・カブール・アラマーヨ著・高場将美訳『歌うキルキンチョ』(1983 アンデスの家ボリビア)

記事公開時、この動画をアテブリと勘違いしていました。金澤さん、ご指摘ありがとうございます!(2023.5.7追記)

【アルバム・データ】

<LP>
“ERNESTO CAVOUR / CHARANGO Y CONJUNTO”
SLPL-13243(1975)
Disco Landia LYRA / (BOLIVIA)

01 LENO VERDE  calnaval
02 LA CUECA DESTROZADA
03 OFRENDAS AL CULTO  danza
04 LA QUENA  motivo
05 EL MOSQUITO  leyenda
06 EL LOCO VICENTE  chovena
07 EL CABALLO , LA PATADA Y EL PERRITO  tormento

08 LEYENDA DE LA KANTUTA  leyenda
09 JAILON EN CHICHERIA  calnaval
10 PICAFLOR ENJAULADO  bailecito
11 EL QUILQUINCHO CANTAR  poema
12 CENIZA SUBLEVADA  danza
13 PAISAJES DE CHIJINI  motivo
14 EL BURRO  bailecito

●CD化はされていない。amazon musicやspotifyでアルバムのストリーミングが可能。


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もち
この記事を書いた人: もち
歴史に関する仕事をしています。たまに頼まれてデザインや文章・編集などの仕事をしたりもします。
専攻は「アンデスの宗教変容」でしたが、最近興味があるのは16世紀頃から戦後まで、日本についてばかりです。考えてみれば、最近は洋菓子より和菓子です。

このサイトでは、フォルクローレなどアンデス諸国のさまざまな名盤を紹介したいと思います。

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